悟ると人生は楽になる。
人生が楽になった考え方をここに記録していこうと思う。人生の考え方には様々ある。人が存在する数生き方は存在する。奇跡的な人生もあるかもしれない。落ちぶれてしまった人の人生もあるかもしれない。
幸せの在り方も、形も人それぞれだ。そんな生き方の一つをお教えしておこうと思う。これは自己啓発かもしれない。でも積極的にこの考え方を取り入れていく必要はない。ほとんどの自己啓発は『私みたいな生き方を幸せになれる!』というような書き方がされているけれど、そんなもの本人でなければ分からないのだから。
そのため、軽く参考程度に読んでいただければと思う。
まず私が生き方や、考え方を改めるきっかけをお話していこうと思う。私が生まれたのは都会ではなく、噂がすぐに広まる田舎だ。中学校は小学校の繰り上がりで、私立の中学なんかも遠いため、中学受験という概念もない。親も受験に積極的でない。
勉学が中心な学校でないため、自然とスクールカーストが出来上がる。人の悪口を堂々と言える人間が自然と上に立っている。被害者ぶるわけではないが、悪口を廊下で吐き捨てられることは日常だ。
そして私の同級生たちは、いわゆる問題児が多かった。授業を聞く気がない人間ばかりがそこにいる。私は感覚過敏なため、特に耳に入ってくる情報に関して酷く嫌悪した。
教師達も被害者なため誰も生徒達を止められない。そんな学校に2年半通い続けた。けれど3年生の文化祭が終わった後、燃え尽きたように私の体は自由が利かなくなった。学校へ行こうとすると過呼吸になり、パニック障害を起こした。
普通、病気になると学校を休むが、心が病気になっても学校に行かなければいけない。過呼吸を起こしてでも学校に行った。教室ではなかったが、別室に通い続けた。卒業し、通信高校に通い始めても、私の過呼吸は収まらなかった。
それよりも、他の人と離れていく気がして、焦った。でも焦ってもうまくいかない。焦って、失敗して、鬱々とする。その繰り返し。でも高校に入学し、半年ほど経ったとき、私は頭で考えることを始めた。
どうしたらこの苦しい状況から逃れられるようになるのか考えるようになった。まず何で自分を苦しめているのか考えた。出した答えは『考えすぎ』だった。私はいつも不安に駆られていた。そして人と話すと自分が何かおかしなことをしなかったか、とても気になった。でもとある本でこんなことが書かれていた、脳が考えている7割はどうでもいいことだと。
そこで体がフッと軽くなった。私はどうでもいいことを考え続けて、悩んで自分を苦しんでいたのだと。そして考えないために寝る前に瞑想を始めた。
他に私を苦しめていることは何かを考えた。それは未来への漠然とした不安だった。私は全日制ではなく、通信制に通い。皆とは違うという気がしていた。でも未来に対して不安を感じる事をやめた。そして漠然としたポジティブな未来を考えるようになった。
私はまだまだ子供だ。経験も何もない。だから失敗して上手く生きて行けばいい。最初から成功する人間はどこにもいない。そんな楽しい未来を創っていくために私は好きな事だけを続けるようになった。嫌なことは一切しない。ただ好きなことをやる。
きっとそれらが未来を形作っていく。